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広島地方裁判所 昭和53年(わ)671号 決定

少年 K・I(昭三六・五・一〇生)

主文

本件を広島家庭裁判所に移送する。

理由

本件公訴事実の要旨は、

被告人は

第一  昭和五三年九月一〇日午後四時ころ、広島市○町××番×○○○前の仮設店舗前広場において、A所有の自転車一台(時価約五、〇〇〇円相当)を窃取した

第二  同日午後六時四〇分ころ、窃盗の目的で、広島市○○町×番×号○○ビル×××号室B子方に故なく侵入した

第三  同日午後七時三〇分ころ、窃盗の目的で、前記○○ビル×××号室C子(当時三〇年)らの居宅に故なく侵入し、同所において、C子所有の現金約八、二三〇円及び一分金一枚、財布一個(時価合計約一五、〇〇〇円相当)を窃取したうえ、同女がネグリジェ姿で一人寝ているのを認めてにわかに劣情を催し、強いて同女を姦淫しようと決意し、同女の前頸部を手で押えつけ、覚せいした同女の咽喉部に包丁を突きつけ、「静かにしろ。騒ぐと殺すぞ」と申し向けて脅迫し、同女の反抗を抑圧したうえ、強いて同女を強淫した

第四  同年九月一一日午後三時三〇分ころ、同市××町×番××号○○○マンション×××号室D方において、E子(当時一七年)の寝姿を認めるや、にわかに劣情を催し強いて同女を姦淫しようと決意し、覚せいした同女に対し「やらせえ。殺されたいか。」などと申し向けて脅迫し、あるいは同女を押えつけるなどの暴行を加え、その反抗を抑圧したうえ、強いて姦淫しようとしたが、同女が抵抗したため、その目的を遂げなかつた

第五  同月一四日午後零時四五分ころ、広島県呉市○○×丁目×番××号株式会社○○堂○○○支店において、同支店支店長F管理にかかるカセットテープ一本(時価二、八〇〇円相当)を窃取した

ものである。

というのであつて、右各事実は当公判廷で取調べた各証拠によつて明らかであり、右第一及び第五の各所為は刑法二三五条に、第二の所為は同法一三〇条前段に、第三の所為中住居侵入の点は同法一三〇条前段に、窃盗の点は同法二三五条に、強姦の点は同法一七七条前段に、第四の所為は同法一七九条、一七七条前段に各該当する。

そこで被告人の処遇について考えてみる。

被告人の本件犯行中強姦事犯は、居室に侵入したうえ就寝していた女性の喉元に包丁を突きつけて脅迫して強姦したというものであつて、その犯行態様は極めて悪質で、被害者の被つた精神的肉体的被害の結果も重大であると考えられ、その社会的責任も考えなければならない。しかも、被告人には他に同種の強姦未遂事犯や窃盗事犯があること、さらに窃盗罪により昭和五二年八月二四日中等少年院に送致され、約二か月前の昭和五三年七月一三日に仮退院したばかりであるのに本件各犯行に及んでいること、仮退院後も真面目に働かず、シンナーを吸飲したり暴走族に加入するなど乱れた生活を送つていることなどの事情に鑑みれば、その非行性はかなり昂進していることが窺われ、この際成人と同様に厳しく刑事責任を問うことも考えられる。

しかしながら、なんといつても被告人は本件犯行当時まだ一七歳四月の少年であるうえ、その経歴についてみると、被告人が小学校卒業後両親が別居し、当初一緒に住んだ母親及びその後一緒に住んだ父親のいずれからも放任され、適切な家庭教育や指導を受ける機会がなかつた等同情すべき事情がある。被告人は成年に達するまでなお二年以上の期間があり、精神的においても自己顕示性や軽佻浮薄さが目立ち未熟さが窺われ、健全な性意識も確立されていない。

又、少年調査記録中の昭和五三年一〇月一三日付鑑別結果通知書によれば被告人の知能は普通域であり精神障害もなく性格の歪みもさほど大きくないと認められ、可塑性に富んでいると考えられる。又被告人の家族の保護能力についてみると、なるほど父親の保護能力は乏しいと認められるが、家庭裁判所の調査の段階では監護に自信を失つていた母親が、起訴後本件被害者との示談に努力したばかりではなく、叔父との連名で被告人の身柄を引受ける旨の誓約書を提出するなど積極的に行動しており、今後適切な環境調整を行なうと共に、被告人の自覚も高まれば母親の監護に期待がもてる状況にある。

一方、仮に被告人に対し刑事処分で臨むときは、その犯情から刑の執行猶予に付することは相当でなく、そのうえ本件においてはその法定刑から相当長期間の懲役刑が予想される。

以上によれば、現段階において被告人に対し保護不適としてその刑事責任を追求し、保護処分による更生を断念するのはやや時期尚早と考えられ、少年法の精神に鑑み、施設収容による強力な保護処分を試みて、被告人の内的成熟を図りその非行性を除去することによつて被告人の健全な育成を図るべく努力するのが相当であると考えられる。

よつて、少年法五五条により本件を広島家庭裁判所に移送することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 野曽原秀尚 裁判官 正木勝彦 永松健幹)

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